メタボローム寄付講座の研究テーマ



 メタボロミクスはゲノミクス、プロテオミクス等の発展と共にその重要性を増してきている。これは生体における代謝物の詳細な変動解析がタンパク質の機能や病態の解明にとって欠くべからざる情報となってきたからであり、病因や生理作用因子の解明等、ターゲット分子を推定するためにも必須の過程である。このメタボローム測定法として、質量分析法が主要な手段になってきている。メタボロームの対象はアミノ酸、有機酸、糖、脂質及びそれらの代謝物等がある。その生体からの抽出条件、カラムでの分離、そして質量分析での測定条件等について、その最適な条件や手法は代謝物の物性により大きく異なっている。従って、解析の有効性や高感度化の為にも、我々の研究室ではその対象を、主たる研究対象である脂質に絞って行っている。
 脂質は生体にとって主要なエネルギー源の一つであり、エネルギーの貯蔵形態でもある.また,細胞の構成成分として生体膜を形成する主要な成分である.さらに,細胞内のメディエーターや細胞間の情報伝達因子としての役割を持つ生理活性物質としても,近年とみに注目されてきている.
 我々の研究室では、現在、脂質メタボローム解析の効率化に必要な基盤技術の構築に取り組んでいる。質量分析法を利用したメタボローム解析には、1)目的に則したサンプルの抽出法、サンプルに適した質量分析法の選択、2)定性の為のデータベースの整備と検索システム、3)定量的プロファイリングと、視覚化処理の手法、4)代謝マップ上での代謝物変動の解析、5)包括的データ処理による新たな発見を目指した複雑系解析システム、等が必要とされる。
 メタボローム解析をはじめとする,多量の解析データが得られる,いわゆる網羅的解析手法における共通する特徴は,得られたデータからどのような相関,やクラスター情報えてそれをシステム全体の理解にどのように活用してゆくかにある.従来型のトップダウンによるシユミレーションと最も大きな違いは,莫大な解析データを処理する過程で,新たな因子の発見や,相互関係の発見を可能にするかということが最も重要であるという点である.
 測定対象を非常に広くとることは予期しない新たな発見のチャンスを増大させるが,一方で非常に重要であるが,対象の広さ故に,質量分析計のダイナミックレンジの測定限界を下回る非常に微量かつ微細な変化を見逃す可能性が増大するという欠点もある.このように網羅的な解析に共通する問題点として本当に知りたいマイナーな成分をいかに漏らすことなく拾い上げるかについての困難が生じていることから,場合によっては特定の分子群にフォーカスするといった,一見網羅的という概念からは相反する作業が非常に重要になってきている.
 我々は分析対象の範囲をいかにとるかという点に関して,いくつかの異なるアプローチ手段を用意している.一つは、はなるべく対象を広くとり,測定対象のカテゴリーをあまり限定しない手法であり,他方は測定対象の代謝分子を個別に限定し、検出感度や定量的厳密を求める手法である。そして、この中間の手法として構造特性から部分的にフォーカスを行い、代謝物のカテゴリーをある程度限定することにより,最初の手法では測定限界にかからないような微量成分まで検出対象とする手法を用いている.3種類の測定法の特徴と、検出範囲、間出感度は異なっており、これらを研究の目的、進行段階によって組み合わせて用いることにより、より有効な解析が可能であると考えている。
 我々の研究室の興味の対象は、数百以上に及ぶ非常に多くのリン脂質のクラスや脂質分子種が、各組織、細胞、細胞内オルガネラ、細胞膜局在ドメインにおいてその生理的機能の必要性から、どのように特異的・選択的に局在化しているかを確かめ、そしてそれがアシル基の分解合成や転移反応を触媒する酵素によりどのように制御されているかを明らかにしたいと考えている。さらに、その中でアラキドン酸、ドコサヘキサエン酸(DHA)等の高度不飽和脂肪酸を持つ分子種とその過酸化を調べることにより、脂質過酸化の生理的機能や病態との関連を調べることを目的としている。研究材料としては、主に動物細胞や動物個体を中心に用い、遺伝子型の異なる生体サンプルの代謝変動応答の違いを比較する事を中心に解析を行っている。
生体内の脂質分子種は遺伝的要因のみならず、食事等の生活習慣により大きく変動することが判っており、このことは最近問題となっているメタボリックシンドローム等の病態に大きく関係している。高齢化に伴う酸化ストレス除去機能の低下は動脈硬化やアルツハイマー等の発症要因の一つと考えられている。


ソフトイオン化質量分析による脂質の網羅的解析法の開発
1, 脂質の迅速な微量定性、定量のための質量分析法の開発
フローインジェクションによる定量のための分析
LC-MS,LC-MS/MSによる網羅的同定のための定性を主とした分析
MS/MSを用いたニュートラルロススキャンやペアレントスキャンによる定性と定量を兼ねた分析
FTICRMSによる元素組成レベルでの精密質量分析
2, 脂質MSデータベースの構築
リン脂質や中性脂質について理論的に存在が予想されるあらゆる脂肪酸の組み合わせによるデータベースと実際に検出が確認されている脂質分子種のデータベース
3, 脂質同定の為の検索ツールの開発
1により得られた質量分析データを2で構築したデータベースを用いて同定するための検索ツール(10月始めに公開予定)
4, 脂質質量分析データからのフロファイリング手法の開発
質量分析により得られた各スペクトルの強度データをもとに統計的な解析手法を用いて個別分子種の量的変動を解析する
特定条件下で生理的変化の要因となる脂質分子種を特定する

GPCRに対する新規脂質リガンドの検索
機能が未知のGPCRについて脂質リガンドを網羅的に検索する

各種ホスホリパーゼの生体内基質の同定と機能解析
ホスホリパーゼの基質特異性を高発現細胞や欠損細胞と正常細胞において網羅的に比較し明らかにする

生理活性脂質の生成と代謝機構の解明
リゾPAや過酸化脂質等についてその生成や代謝をメタボローム解析により明らかにする

細胞内オルガネラや組織における脂質分子種の局在と局在化機構の解明
細胞内オルガネラや脳などの組織について、脂質分子種の局在化の状態を解析し、その局在化の制御機構をリン脂質代謝酵素を中心に解析する。

リン脂質代謝酵素のリン酸化による制御
タンパク質リン酸化について修飾部位と割合をMSにより解析する

膜タンパク質の脂質による翻訳後修飾とその制御
膜タンパク質の脂質による翻訳後修飾をMSにより網羅的に解析し、これらタンパク質の膜との相互作用について調べる。